就業規則による労働条件の不利益変更

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して、所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。常時10人以上とは、正社員のみならず常用のパートタイマーや契約社員などの非正規の社員も含まれます。あくまでも常用ということなので、例えば通常は8人で繁忙期に2,3人雇い入れるような場合は含まれません。

では、常時10人未満なら就業規則は作成義務もないし、作らなくてもいいのではないか?というご質問を受けることがありますが、どうなのでしょうか?

就業規則を作成しておくことでトラブルを未然に防ぐことができるので、きちんとした就業規則であれば作成するのが望ましいです。きちんとした就業規則というのは、ただ単にひな形を使いまわしたようなものではなく、自社に合わせた基準で作成したものということです。もちろん法律に則ったものでなければいけません。

 

さて、作成した就業規則を変更する場合で、労働条件を不利益に変更することは可能なのでしょうか?

例えば、始業・就業の時刻を伸ばして1日7時間から8時間労働へ変更する、年間休日を短縮する、休職期間を短縮するなどといった、労働者にとってはその変更は不利益な変更となってきます。

労働条件を変更するための方法としては、以下の3つの方法があると考えられます。

  1. 労働者と使用者の合意によって変更する方法
  2. 就業規則を改定することによって変更する方法
  3. 労働協約の改定によって変更する方法

今回は、2の就業規則の改定によって変更する場合について考えていきます。

まず、先に述べたような労働契約の内容である労働条件の変更については、労働契約法8条では、次のように定められています。

「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」

このように、労働契約の内容の変更が合意によりなされるものであることが明確に規定されています。

 

この労働契約法8条に加えて、労働契約法9条では、次のように定めています。

「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。」

法9条において、法8条の合意の原則を就業規則の変更による労働条件の変更の場面にあてはめて、使用者が就業規則の変更によって一方的に労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することができないことを確認的に規定したものになります。

 

ただし、上記労働契約法9条但し書きで、「次条の場合は、この限りでない。」とあるように次条である労働契約法10条では以下のとおりに定められています。

「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」

つまり、労働契約法10条では、①変更後の就業規則を周知させ、②その就業規則の変更が合理的なものであれば、合意の原則の例外として、「労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによる」という法的効果が生じることを規定したものとなっています。

 

そして、合理性の判断要素として、下記の例示をしています。

  • 就業規則の変更によって労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況等
  • その他の就業規則の変更に係る事情

 

上記の判断要素を総合的に考慮して判断し、それが合理的であれば、労働者の合意はなくても就業規則によって変更ができるということになります。

 

これについて詳細にみていくと、不利益変更をした就業規則の拘束力を争った第四銀行事件(最判平成9年2月28日)では、不利益変更による合理性の判断基準として下記のものをあげています。

  • 就業規則の変更によって社員が被る不利益の程度
  • 変更の必要性の内容・程度
  • 変更後の就業規則の内容自体の相当性
  • 代替措置その他関連する他の労働条件の改善状況
  • 労働組合等との交渉の経緯
  • 他の労働組合又は他の社員の対応
  • 同種事項に関する我が国社会における一般的状況等

 

合理的であるかどうかは、①就業規則の業務上の変更の必要性②労働者の受ける不利益の程度を比較衡量して、その変更内容に社会的な相当性があるかどうかも考えていくことがポイントとなります。

まず、判例では、業務上の変更の必要性について、3つに分けて検討しています。

  1. 通常の業務上の必要性
  2. 高度の業務上の必要性
  3. 極度の業務上の必要性

1についてみていくと、例えば福利厚生の不利益変更について、不合理な内容を是正する場合は(通常の)業務上の必要性があると考えられます。社内の全体的な労働条件の見直しの中でバランスが取れているものであればよいという考え方です。

次に2についてみてみると、例えば合併によって賃金カット等の統一の労働条件を設定する場合は、合併による労働条件の統一の要請が強く作用すると考えられるので、業務上の必要性があると考えられます。

最後に3については、例えば経営危機による人件費削減の必要性など、賃金削減などの不利益変更もやむを得ないものと考えられるため、業務上の必要性があると判断されると考えられます。

 

また、労働者が受ける不利益の程度については、変更後の労働条件の内容と変更の程度の両面から考える必要があります。そして、変更の程度は事案によって異なりますが、変更される労働条件の内容により合理的かどうかの判断も異なってくると考えられます。

例えば、労働条件の内容として、賃金や退職金についての不利益な変更は、労働者にとって大きな不利益変更と考えられますが、逆に福利厚生についての不利益変更は、労働者にとっては小さな不利益変更になると考えられます。それを踏まえた上で、賃金や退職金に関する労働条件の不利益変更は、高度の業務上の必要性があると言えるのかどうかについての検討が必要となり、いくら引き下げるのかについても重要になってきます。

そして、変更後の就業規則の内容に相当性があるかどうか判断していきます。例えば、特定の層にだけ不利益が偏在する場合には、その不利益を緩和するために代替措置を取るなどの他の層とのバランスを取ることが重要となります。


まとめ

就業規則を不利益な内容に変更する場合には、できる限り、経営上のいたしかたない事情であったり、雇用を維持していくためのやむを得ない措置であることを詳細に説明して、従業員に納得してもらう努力をすることがトラブルを防ぐことにつながるので、説明会を開くことはとても重要なことです。説明会では、変更の必要性はもちろんのこと、会社の状況や同業他社の状況も交えて説明をし、同意を得られない場合は複数回開くことも考えるようにしてください。会社側での丁寧な対応を心掛ける必要があります。

労働条件の変更は、合意による変更が原則となっています。また、合意による変更であれば、就業規則の変更が合理的であるかを判断することは必要ないので、できる限り労働者との合意により労働条件を変更するようにしましょう。

実務的には、代替措置を提示することも効果的となります。

例えば、退職金を引き下げるのであれば、定年を引き上げるなど、社員にとって不利な変更もあるけれど、有利な変更も加えて同意をしてもらうようなことも考えられます。

しかしながら、労働条件の変更に同意しない従業員がいる場合、就業規則の変更に合理性があれば変更も可能となりますので、合理性を満たす内容の変更としていことが必要となってきます。

 

労働条件の不利益変更は、トラブルになりやすいので慎重に行うことが重要となってきます。